気温が上がってくると熱中症が心配されます。外に出るときは帽子の着用を!プール授業もありますので体調管理には十分に気をつけて生活しましょう。

あさっては何の日? 2/12

2月12日 ダーウィンの日
 1859年に『種の起源』(On the Origin of Species)を著したイギリスの自然科学者であるチャールズ・ダーウィン(1809〜1882年)の誕生日。記念日の英語表記は「Darwin Day」。ダーウィンは、卓越した地質学者・生物学者で、種の形成理論を構築した。全ての生物種が共通の祖先から長い時間をかけて、彼が自然選択(自然淘汰)と呼んだプロセスを通して進化したことを明らかにした。進化の事実は存命中に科学界と一般大衆に受け入れられた一方で、自然選択の理論が進化の主要な原動力と見なされるようになったのは1930年代であり、自然選択説は現在でも進化生物学の基盤の一つである。進化論の提唱の功績から今日では生物学者と一般的に見なされる傾向にあるが、自身は存命中に地質学者を名乗っており、現代の学会でも地質学者であるという認識が確立している。
ダーウィンの卓越性は認められ、19世紀のイギリスにおいて王族以外で国葬が執り行われた五人のうちの一人となった。ウェストミンスター寺院で天文学者・数学者であるジョン・ハーシェルと物理学者・数学者であるアイザック・ニュートンの隣に埋葬されている。2009年(平成21年)、ダーウィンの誕生200周年と『種の起源』出版150周年記念で、「ダーウィン展」などの催しが世界中で行われた。

明日は何の日?

2月11日 建国記念の日
 「国民の祝日」の一つ。日本の建国を祝う日。
 1966年(昭和41年)の「祝日法」改正により「建国をしのび、国を愛する心を養う」ことを趣旨とし、国民の祝日として制定。翌1967年(昭和42年)から実施されている。2月11日は、1873年(明治6年)に制定され、翌年から実施された「紀元節」(旧祝祭日では四大節の一つ)と同じ日で、「紀元節」の日付は古事記や日本書紀で初代天皇とされる神武天皇が即位した日に由来している。「紀元節」は、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)に占領軍(GHQ)の意向で廃止されたが、その後、復活の動きが高まり、国民の祝日である「建国記念の日」となった。「建国記念日」ではなく「建国記念の日」なのは、建国された日とは関係なく、単に建国されたということを記念する日であるという考えによるものである。

明日は何の日? 2/10

2月10日 世界マメの日
 国連の専門機関の一つである国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations:FAO)が制定。国際デーの一つ。記念日の英語表記は「World Pulses Day」。「pulse」は通例複数形の「s」を付けて「豆類・豆」を意味する。日本語では「世界豆デー」という表記も見られる。世界の食料としての豆類の重要性について一般の人々の認識を高めることが目的。この日を中心として、豆類の栄養や環境におけるメリットについて広く知ってもらうためのイベントなどが実施される。国連は2016年(平成28年)を「国際マメ年」(International Year of Pulses:IYP)として実施した。この成功に基づいて、2018年(平成30年)12月の国連総会で2月10日を「世界マメの日」として制定し、翌2019年(平成31年)より実施している。この「世界マメの日」は国連の「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)における「持続可能な食糧生産」の一環として、豆類が重要な作物であることを提示している。豆類はタンパク質やその他の栄養素を豊富に含む食べ物である。また、脂肪が少なく、水溶性の食物繊維が豊富で、血液中のコレステロールを下げ、血糖値の制御など健康維持に役立つ。さらに、豆類は農家にとって重要な作物であり、経済的な安定を生み出し、家庭における食料の安全保障に貢献する。

4年生 書き初め展書星会賞

 4年生の階段下のかべに、書き初め展に出品した中で、書星会賞に選ばれた作品が掲示されていました。
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明日は何の日? 2/9

2月9日 ふくの日(ふぐの日)
 協同組合・下関ふく連盟が1980年(昭和55年)に制定。日付は「ふ(2)く(9)」と読む語呂合わせから。本場下関では河豚(ふぐ)を「福」と同じ発音で縁起がいいことから「ふく」と言う。ふくの普及と宣伝が目的。この日には下関市内の恵比寿神社で豊漁と航海安全を祈願し、「ふくの日祈願祭」が行われ、2月11日には「ふくの日まつり」として、ふくの水揚げ世界一を誇る南風泊市場(はえどまりしじょう)において、ふく刺しやふく関連製品の即売会などが行われている。フグ(河豚・鰒)は、フグ目、特にフグ科に属する魚の総称である。およそ120種の魚がフグ科に分類される。そのうち食用とする種として、トラフグ、マフグなどが有名。フグ科に属さないフグとして、ハコフグ、ハリセンボンなどがある。多くの種において、内臓や皮膚、血液、筋肉の全部または一部に毒性のあるテトロドトキシンを持つ。食用可能な部位はフグの種類や漁獲場所によって異なるため、素人によるフグの取扱いや調理は危険である。実際、日本における食中毒の原因のほとんどがキノコとフグであり、フグによる事故の多くは素人調理とされる。下関は、日本で水揚げされる天然のトラフグやクサフグなど8割近くが集まり、また長崎県や熊本県で、主に生産される養殖トラフグも大部分が集まる一大集積地である。下関に集まったフグはここで売買され、毒を持つ内臓部分などが除去する加工が成されたあと、東京や大阪の消費地へと運ばれる。

梅の木

 校長室から見える梅の木の白い花が咲き始めました。昨日・今日と気温が高かったので、成長が進んだのでしょう。
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ビオトープ

 ビオトープ再建が少しずつ進んでいます。この再建の費用は、PTA会費から支援していただいています。今日は、ポンプの土台になる砂利を敷き、先日ならした土の上にゴムシートを敷く作業を行いました。今年度中の完成を目指しています。
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明日は何の日? 2/8

2月8日 御事始め
 「御事始め(おことはじめ)」または「事始め」は、農作業が始まり、一年の営みが始まる日である。この日が一年の「農の事始め」であり、12月8日はその終わりであることから「御事納め(おことおさめ)」または「事納め」といい、2月8日と12月8日をまとめて「事八日(ことようか)」という。農事を始めることを祝って行なった行事のことも意味する。江戸時代や関東の一部では、正月の儀式を始める12月8日を「御事始め」とし、正月の儀式が終わる2月8日を「御事納め」としていた。

 針供養
 針供養(はりくよう)は、縫い針を供養する目的で、2月8日または12月8日に行われる行事である。この日は裁縫を休んで、古い錆びた針や折れた針など使えなくなった縫い針を集めて社寺に納めたり、豆腐やこんにゃくなどの柔らかいものに刺したりして供養をする。各地の社寺で行われているが、主に淡島神社または淡島神を祀る堂がある寺院で行われる。東京都江東区にある浅草寺境内の淡島堂、和歌山県和歌山市の淡嶋神社などが有名である。鉄の針が大量生産されるようになったのは室町時代のことであり、和歌山の淡島信仰と結びついた針供養の風習が、各地をまわる淡島願人(あわしまがんにん)を通じて日本全国に広まったのは江戸時代中期以降のことである。

 郵便マークの日
 1887年(明治20年)のこの日、「郵便マーク(〒)」が決定した。逓信省(現:総務省・日本郵政)が逓信の「てい」にちなんで甲乙丙丁の「丁」と決定し、2月8日に告知した。しかし、世界共通の料金不足マークである「T」と紛らわしいことが分かり、「丁」ではなくカタカナの「テ」を図案化した「〒」とすることが2月19日付けの官報で発表された。「郵便マーク」と呼んでいるが、正確には日本工業規格(JIS)において「〒」は「郵便記号」と呼称されており、「郵便マーク」は「〠」(顔郵便マーク)を指す。また、郵便記号(〒)は日本国独自のものであり、日本国外では郵便記号として利用することはできない。

児童生徒表彰式

鎌ケ谷市の小中学生の表彰式が7日、きらりホールで行われました。体育・文化の活動で、県レベル1位、関東レベル3位以内、全国レベル入賞にあたる成績をおさめた児童生徒が教育委員会から表彰されました。
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3−2書写

 毛筆で漢字を書くときに、必要なテクニックを学習していました。「点」「折れ」「曲がり」「そり」など何度も何度も練習していました。
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6年書き初め展 書星会賞

 冬休みの宿題で取り組み、県の展覧会に出品した中で、書星会賞(特別賞をのぞき、最上位賞)に選ばれた作品です。参考にしてみてください。
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明日は何の日? 2/7

2月7日 北方領土の日
 1981年(昭和56年)、日本政府が北方領土の返還運動の推進と、国民の関心と理解を深めることを目的に閣議決定にて制定。北方領土は現在ロシア連邦が実効支配している国後島・択捉島・歯舞諸島・色丹島の4島を指し、記念日の日付は日本(江戸幕府)とロシア(帝政ロシア)で最初に国境の取り決めを行った、1855年(安政元年)の「日露和親条約」の締結日(新暦)に由来する。伊豆の下田において調印されたこの条約の正式名称は「日本国魯西亜国通好条約」で、「日魯通好条約」「下田条約」とも呼ばれ、当時の日本では「日魯和親条約」と表記していた。この条約では北方領土が日本の領土として認められていた。毎年「北方領土返還要求全国大会」が東京で開催されるほか、この日を中心に全国各地で講演会や研修会、パネル展、返還実現のための署名活動など様々な取り組みが行われている。

 長野の日・オリンピックメモリアルデー
 公益社団法人・日本青年会議所北陸信越地区長野ブロック協議会が1998年(平成10年)に制定。1998年(平成10年)のこの日、長野冬季オリンピックの開会式が行われたことを記念したもの。長野オリンピックの理念が「自然との共生」であったことから、オリンピック後に「オリンピックメモリアルデー」として長野の自然と環境を考える日となった。記念日は「オリンピックメモリアルデー」の名称で、一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。長野県議会の場で、この日を「県民の日」に制定してはどうかとの提案が何度かなされたが、実現には至っていない。長野オリンピックは、72の国・地域から選手・役員4638人が参加し、延べ144万2700人の観客が会場に集まった。日本からは166人の選手が参加し、冬季オリンピック史上最多となる合計10個(金5・銀1・銅4)のメダルを獲得した。

明日は何の日? 2/6

2月6日 海苔(のり)の日
 全国海苔貝類漁業協同組合連合会が1966年(昭和41年)に制定。701年(大宝元年)に制定された大宝律令において海苔が年貢として納める海産物の一つとして指定された。これにちなんで、大宝律令が施行された702年(大宝2年)1月1日を新暦に換算した2月6日を「海苔の日」とした。また、この頃に海苔の生産の最盛期を迎える。海苔の消費拡大が目的で、この日を中心に記念行事やイベントが実施される。海苔は古代から日本人に好まれている伝統的な食品である。この記念日には、海からの贈り物である海苔に対する感謝の気持が込められている。

今日は何の日? 2/5

2月5日 プロ野球の日
 1936年(昭和11年)のこの日、全日本職業野球連盟(現在の日本野球機構)が結成され、プロ野球が誕生したことを記念して制定。「職業野球連盟設立の日」ともされる。当時の加盟チームは、東京巨人軍(現:読売ジャイアンツ)・大阪タイガース(現:阪神タイガース)・阪急軍(現:オリックス・バファローズ)・名古屋軍(現:中日ドラゴンズ)・東京セネタース・大東京軍・名古屋金鯱(きんこ)軍の7チームだった。ちなみに、契約選手の第1号は、この時すでに東京巨人軍と契約していた三原脩(みはら おさむ、1911〜1984年)である。給料は月俸にして177円。当時の大卒初任給は64円ほどだったので、かなりの高給であったと言える。

明日は何の日? 2/4

2月4日 立春
 「立春(りっしゅん)」は、「二十四節気」の一つで第1番目にあたる。現在広まっている定気法では太陽黄経が315度のときで2月4日頃。「立春」の日付は、近年では2月4日になることが多いが、2月3日になることもある。2023年(令和5年)は2月4日(土)である。「立春」の一つ前の節気は「大寒」(1月20日頃)、一つ後の節気は「雨水」(2月19日頃)。「立春」には期間としての意味もあり、この日から、次の節気の「雨水」前日までである。また、「冬至」(12月22日頃)と「春分」(3月21日頃)の中間にあたり、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合は、この日から「立夏」(5月5日頃)の前日までが「春」となる。冬の終わり・春の始まりを意味し、春の気配が立ち始める日という意味で「立春」とされる。江戸時代の暦の解説書『こよみ便覧(べんらん)』には「春の気立つを以って也」と記されている。この日「立春」の前日が雑節の「節分」となる。九州など暖かい地方では梅が咲き始める。日本列島南岸を発達しながら東に進んでいく南岸低気圧の発生も「立春」を境に多くなる。「立春」から「春分」の間に、その年に初めて吹く南寄り(東南東から西南西)の強い風を「春一番」と呼ぶ。「立春」は雑節の起算日(第1日目)で、この日から数えて88日目を「八十八夜」(5月2日頃)、210日目を「二百十日」(9月1日頃)、220日目を「二百二十日」(9月11日頃)などとして、様々な行事が行われる。桜の開花時期は、「立春」からの最高気温の合計が540度という概算法がある。その他に、「元日」の1月1日からの平均気温の合計が600度、2月1日からの最高気温の合計が600度という方法もある。

明日は何の日? 2/3

2月3日 節分
 季節の移り変わりの目安となる「雑節」の一つ。「立春」(2月4日頃)の前日で、「大寒」(1月20日頃)から約15日目にあたる。冬の節が終わり、春の節に移る。この時期だけでなく、本来は「立夏」(5月5日頃)、「立秋」(8月7日頃)、「立冬」(11月7日頃)の前日をそれぞれ「節分」という。太陰暦(太陰太陽暦)では「立春」を年の初めと定めており、「立春」の前日すなわち「大寒」の最後の日にあたるこの「節分」を特に重視した。季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられていたため、それを追い払う意味で「豆まき」が行われる。一般的には「福は内、鬼は外」と声を出しながら豆をまき、年齢の数だけ豆を食べ厄除けを行う。また、この日に「恵方巻(えほうまき)」を恵方を向いて食べると縁起が良いとされている。2023年の恵方は「南南東のやや南」となる。この習慣はもともと大阪を中心として発祥したものである。「恵方巻」という名称は、1998年(平成10年)にコンビニのセブン-イレブンが全国発売にあたり商品名に「丸かぶり寿司 恵方巻」と採用したことにより、2000年代以降に急速に広まった。

 のり巻きの日
 全国海苔貝類漁業協同組合連合会が1987年(昭和62年)に制定。「節分の日」(2月3日頃)の夜にその年の恵方(縁起のよい方向)を向いてのり巻きを食べると幸せになるという言い伝えにちなんだもの。のり巻きを食べる風習は江戸時代の後期に生まれた。

明日は何の日? 2/2

2月2日 世界湿地の日
 1997年(平成9年)に制定。英語表記は「World Wetlands Day」。「世界湿地デー」ともされる。1971年(昭和46年)のこの日、湿地の保存に関する「ラムサール条約」が調印された。この日には、湿地の恩恵や価値に目を向け、その維持と賢明な利用を達成するという条約の目的のため、自然観察会や講演会などのイベントが世界中で開催される。ラムサール条約事務局では毎年「世界湿地の日」のテーマを定めており、2008年(平成20年)のテーマは「健康な湿地、健康な人々」であった。健康な湿地を維持することにより、食物や清潔な水、医薬品の供給など、人の健康に好適な影響がもたらされる一方で、湿地の管理が不適切だと、水の汚染や水に関係する疾病の発生、泥炭地の火事、洪水など、人の健康にとどまらず命さえも奪うような負の効果をもたらしかねない。これらを人々に紹介するものである。

明日は何の日? 2/1

2月1日 重ね正月・一夜正月
 厄年(やくどし)の人のための2回目の正月。厄年の人が「年かさね」と称して、この日を2回目の元日として仮にひとつ歳をとらせ、厄年を早くやり過ごそうとする風習である。厄年とは、厄災が身に降りかかるとされる年のことで、本厄は一般的に数え年で男性は25歳・42歳・61歳、女性は19歳・33歳・37歳とされている。平安時代にはすでに存在し、陰陽道に起源があると考えられているが出典は定かではなく、科学的な根拠は不確かであるが、根強く信じられている風習である。もともと厄年の「ヤク」とは「役目」の「役」のことで、共同体の中で重要な役割を担う年齢のことであり、特に神事に関わる役目を担うことから、厳重な物忌みなどが求められていたが、次第にもとの意味を失い、身を慎む習慣が残ったという説がある。また、昔の平均寿命が40歳前後であったことから、男性42歳、女性33歳は大厄で、そろそろ身体に注意したほうが良いという警告だったという説もある。語呂合わせでも男性の42歳は「死に」、女性の33歳は「散々」に通ずる。

 テレビ放送記念日
 1953年(昭和28年)のこの日、NHK東京放送局が日本初のテレビ本放送を行った。1953年(昭和28年)2月1日午後2時、東京・内幸町の東京放送会館のスタジオから「JOAK-TV、こちらはNHK東京テレビジョンであります」の第一声が放送された。また、都内7ヵ所で一般公開され、開局祝賀会の模様や舞台中継、ニュース、映画などが放送された。ちなみに「JOAK」とは、東京放送局のコールサイン(呼び出し符号)である。当時の受信契約数は866件。大卒の初任給が約8000円の時代に受信料は月200円だった。また、国産の14インチ型の白黒テレビは17万5000円もした。同年の8月には日本テレビ、翌1954年(昭和29年)3月にNHK大阪と名古屋、1955年(昭和30年)4月にラジオ東京(現:東京放送(TBS))でもテレビ放送が開始された。2011年(平成23年)3月末の受信契約数は4027万件(地上2378万件、衛星1650万件)となっている。

明日は何の日? 1/31

1月31日 晦日正月・晦日節
 「晦日正月(みそかしょうがつ)」または「晦日節(みそかぜち)」ともいい、正月の終わりの日として祝うところもある。正月の松飾りのある期間「松の内」に年始回りをしなかった家を訪ねる日。またはお蕎麦を食べて祝う日など、地方によってこれらの習慣が残っているところもある。
「晦日」について
「晦日(みそか・つごもり)」は、旧暦でその月の最後の日のことである。12月31日のことを「大晦日(おおみそか)」というが、これは「晦日」のうちで一年の最後の日という意味である。「晦日」は「三十日」とも書くが、かつて29日の月の場合は30日が存在しないので、「晦日」のほうが混乱が起きず都合がよかった。現在でも「三十日」と表記し「みそか」と呼ぶことが多い。月末に食べる蕎麦「三十日蕎麦(みそかそば)」や、支払いを月末にすること「三十日払い(みそかばらい)」などがある。

 生命保険の日
 1881年(明治14年)に日本初の生命保険会社である明治生命が設立され、翌年の1882年(明治15年)のこの日、日本初の保険金受取人が現れたことが報じられた。これは保険の加入者が1000名に達した頃の出来事だった。1月20日、神奈川県警部長が心臓発作で急死した。彼の遺族が受け取った金額は1000円で、彼が支払った保険料はたった30円であった。保険会社は大損をしたが、新聞がこれを大きく報じたことで、生命保険が広く知られることとなった。記念日は東京都千代田区内神田に事務局を置き、各生命保険のトップセールスマンが集まる一般社団法人MDRT日本会が制定。お客様のために初心を忘れないようにとこの日を記念日とした。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

今日は何の日? 1/30

1月30日 3分間電話の日
 1970年(昭和45年)のこの日、日本電信電話公社(略称:電電公社、現:NTT)の市内電話の料金が3分間10円になった。これは公衆電話からの料金で、それまで1通話10円で、時間は無制限だった。3分間10円は長電話防止のために始められたものだった。現在は携帯電話・スマートフォンの時代だが、この時代には「テレホンカード」も、100円硬貨の使える「黄電話」もまだなかった。「青電話」は1968年(昭和43年)に登場し、ダイヤル市外通話が可能となった。黄電話が登場したのは1972年(昭和47年)のことで、高額通話が増加したことから導入された。黄電話は100円硬貨も使えたが、構造やスペースの都合により釣り銭が出なかった。そのため、「100円玉でモシモシ お釣りはデンデン」などとも揶揄されたが、大量の10円硬貨を必要としないメリットがあった。テレホンカードは1982年(昭和57年)12月に発行・発売が開始された。
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学校行事
2/13 避難訓練(不審者対応)
2/14 児童会オンライン引継式1h
2/15 ブックトーク3年2〜3h 
2/16 ブックトーク3年2〜3h スクールカウンセラー来校

学校だより

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